異世界の音楽のように流れ続けていた音が、沙弥達が広間へ足を踏み入れたとたん、凄まじい大音響へと変わった。
長老連に誘われ、沙弥とICPOの2人が目にしたものは、頭を地に打ちつけてひれ伏す人々の群れであった。
足元から沸き上がるような異常な熱気に気圧されるように顔を見合わせる有栖と三波。
「あ、ここに出るんだぁ‥」
娘々を抱え、一人きょろきょろしていた沙弥が楽しげに背後を見た。
美しい女神のレリーフ‥
沙弥が巨大水晶を真っ二つにしてしまったその場所であった。
先刻まで沙弥達のいた部屋は、この神殿のような広間に直結しているらしい。レリーフの裏にある通路を抜けた沙弥達は、ひれ伏す信徒達の頭上‥ まさに祭壇へと降り立つように現れたのだった。
「なんなのこの土下座えもん達‥?」
「土下座えもん‥って、沙弥ちゃん‥」
ゾロゾロと打ち寄せる土下座の波は、突如、大音響が止まると同時に動かなくなった。
うって変わった静けさ、不気味そうにおののく三波。
そしてきっかり9秒後、鐘の音に似た大音響が出し抜けに沙弥達の耳を打った。
「なんなのっ!?」
びくう!!と娘々を抱きしめる沙弥。
プワンプワンと響くBGMにのせて、ふいに髭の長い長老が両手を上げ、大声を放った。
『この娘が真の巫女たるかどうか、総ては神がお決めになる!!』
一瞬の沈黙。その後、ははーーーーっ!と歓喜の叫びを上げ、居並ぶ信徒達が地に伏した。
『待って下さい!』
有栖が沙弥と長老の間に割り込む。一族はこのまま強引に、沙弥を巫女に祭り上げる気らしい。長老は有栖を相手にしようともしない。
『長よ‥ お聞き下さい』
静かだが良く透る声。
足音もなく進み出たのは東であった。
『長よ‥。族外のものを巻き込んではなりません。みことしての責は私が一身に負うものです。より一層精進し、娘々にお仕え致します‥』
慇懃に頭を下げる東に、長老達は気まずそうに見交わし合う。神官である東は、一族内でも思った以上に力があるらしい。
『よい、東よ‥責めているわけではない。娘々のみことしてお前以上の者は恐らく出まい。ただ、これは未曾有のことなのじゃ。お前がこの任を引き継ぎし時、すでに前兆があったとは思わぬか? 慎重に対処せねばならぬ‥』
長老の言葉が終わらぬ内に、東は切なげな眼差しを地に落とした。それに気付かぬように目を背けると、長老は有栖を見、もっともらしく咳払いをした。
『本来ならば娘々が目覚めし時、この場で巫女たる儀式を執り行うのがならい。しかし、こたびは事情が違いましてな‥。既に娘々のみこは選ばれている。ここにいる東がその任についております。古来より、同時に二人の巫女が並び立つことも、他国の者が巫女たることもついぞなかった。しかし娘々がこの娘をお選びになったのもまた事実。それ故、我らは娘々の御神託を仰がねばならぬのです。真にこの娘を選んだのか否か‥ その答えが出るまでは、お返しすること叶いませぬ‥』
『いつ出るんです。その答えは』
『何せ神は気まぐれでしてのう‥』
お察し下され‥ そう言って、のらりくらりと言葉をかわす長老。要は帰す気などないらしい。
「深刻そうな話しねえ?」
レリーフをすべすべ撫でている沙弥に、三波が苦笑を浮かべる。
「気楽やなぁ‥沙弥ちゃん。ここから出れへんかもしれんのに‥」
「どーして?」
「沙弥ちゃんを巫女さまにしたいんやて、ここの人達」
「私を!? どして?」
「沙弥ちゃん、ここの神様 目覚めさせてしもたやろ?」
「神様? 娘々神‥だっけ? どーしてレリーフが起きるのよ‥???」
ちゃうちゃう‥ 三波は軽く頭を振って、沙弥の腕の中を指さした。
「ちびっこ?」
頓狂な声を上げて、沙弥は抱きかかえた娘々をしげしげと見つめた。
「あれ‥ ちびっこ、なんだか あんた‥ 異常にちっこくない!?」
はたと気付いた沙弥が、娘々を高く差し上げる。
「ほらほら、三波さん! 見てよ、ずっと小ちゃいとは思ってたけど、よく見ると2等身ぽくない??」
固まる三波。振り返った有栖が無言で目を見開いている。
ーー 鈍すぎる‥。
『あの‥ とりあえずお掛け下さい。本当に、こんなおおごとになってしまって申し訳ありません。今日は年に一度の神事の日でして、一族の者が各地より参集しているんです。そこに、神事に合わせて娘々がお目覚めになられたので、皆、冷静さを欠いてしまって‥。長老達はなんとか私が説き伏せてみせます。明日の朝まで宴は続きますので、どうか今宵だけでも、こちらにご逗留願えないでしょうか‥』
祭壇の下にしつらえられた宴席。東が礼儀正しく着座を請う。
「どーする?」
「この娘(こ)を置いていく訳にはな‥」
小声で囁き合う三波と有栖。
長老と信徒達はすでに酒を酌み交わし勝手に盛り上がり始めている。
「ねーねー! 神殿って、こんなどんちゃん騒ぎしてもいいの?」
運び込まれる料理に瞳を輝かせる沙弥。
「儀式は延期‥ 改めて盛大に‥ってことらしいけど。 沙弥ちゃん、下手すると俺達、それまでここから出してもらえへんかも‥」
「べっつに良いわよ? どうせ明日も明後日も門を見に来るつもりだったし。門の中にいられるなんて最高! あ、でも、ホテルもったいないわね? キャンセル料って取られるのかしら?」
ーー 嬢ちゃん軽すぎ‥。
大真面目になった自分がすこし悲しい。
三波は、くそ真面目に話し込む有栖と東に目を移した。
『貴方が神官となったとき、前兆はすでにあった‥ そう長老はおっしゃってましたね‥』
単刀直入に訊ねる有栖に、寂しげな微笑みを返す東。
『はい‥。実を言うと、私自身、真に娘々のみこであるのか‥ 自信がないのです』
一息おいて、東は続けた。
『私は母からこの座を受け継いだのです‥』
有栖は探る様に東を見つめた。
『娘々の巫女は一代につき一人‥ 現在の娘々の巫女は本来ならば先代の巫女‥ 私の母一人であるはずでした』
『よくわからないんだが、”現在の”娘々‥ということは、先代やそれ以前にも別の娘々がいた‥ということになるのかな。まだ自分の目が信じられないんだが、彼女‥娘々は”人”‥』
『‥ではありません。見たままをお信じ下さい。娘々は神です‥紛うことなく。ただ、幾度も生まれ変わるのです。そしてその度に、巫女を選び、成長をとげ、眠りに就く。次に、新たなる巫女が現れるその日まで‥』
有栖は敬虔なクリスチャンでもあったので、神の存在を否定することはしない。だが、目の前の存在は有栖の想像を超えていた。
『娘々が目覚めるのはおおよそ百年に一度、通常2〜3年で娘々は成人を迎えます。ですが私の母の代‥ 娘々は今の姿より全く成長しませんでした。原因は、純潔であるはずの巫女が私を身籠もったため‥そう聞かされております』
有栖の眼差しが、東に染められたようにわずかに翳(かげ)った‥。
『そして私を産んだ後、母はすぐにこの世を去り、残された娘々は成長することなく、そのほとんどを眠った状態で過ごしていたのです。そして時折、目覚めては私のもとに現れる‥ その繰り返しでした。母が娘々にそう願ったのかもしれません。私は娘々に守られて育ったようなものですから‥』
まだ赤子のような娘々。東にとっては、神でありながら、それ以上の最も身近な存在であるらしかった。
『ご覧になりましたよね、水晶球を‥』
有栖は沙弥が割ったらしい水晶の残骸を思い浮かべた。
『あれは水晶ではなくて娘々が作り出した殻‥ ベットのようなものなんです。以前はあのように硬いものではなく、娘々も数ヶ月に一度は顔を覗かせていました。それがここ数年、娘々は全く目覚めず、そればかりかその姿さえ外から窺うことも出来なくなったのです。まるで水晶に溶け込むように姿が薄くなって‥。娘々を成長させることも出来ぬまま次の眠りに就かせてしまったのではないかと、我が一族の懸念はそのことばかりでした。その時にあの方が、再び娘々を眠りから呼び覚ましたのです‥』
長老や信徒達の度の外れた喜び様を、有栖は初めて理解した。
『それで何故、我々は呼ばれたのです‥? 神体保護とは聞いていたが、詳しくは‥』
『”闇黒娘々”がいかなる神であるのかは‥?』
『一応、関連文書は見たつもりです‥』
『ちょお待ち! 俺、見てへん!』
元気良くクチバシを挟んだのは三波だった。
「指示文書に添付されていたが」
「だーれがあんなクソ分厚いもの読む訳? なんか後ろ半分、漢文のコピーやったやん」
有栖の冷たーい視線が降り注ぐ。
東が取り持つように言葉を繋いだ。
『あ‥あの、簡単に申しますと”闇黒娘々”は世界に終末をもたらす破壊神だと言われています。その姿は神々しく、総ての闇をその配下に置くと‥』
『あの、ちっこいのが?』
いつの間にか長老連と信徒に取り囲まれ、ほろ酔い加減の沙弥。その頭にしがみついている娘々の悩みのなさそうな顔。一瞬、3人は押し黙った。
『‥とにかく、そのように信じられているのです』
『てことは、違うんや? 本当は』
『違う‥かどうかは我々に委ねられている‥ そう言ったほうが近いでしょう』
有栖と三波の興味深げな視線が東に集まった。
『娘々は幾度も生まれ変わりを繰り返す‥先程そう申しましたよね。娘々はその生まれ変わりの度に、人格をも新たに作り直すのです。そして、いつかは判りませんが、決められた回数の転生を終えたその時、今までに蓄積した幾多の人格と記憶‥それら総てによって形作られるのです、我らの神”闇黒娘々”が‥』
『つまり‥ 娘々がいい子ちゃんになるのも、暴走すんのも、育て方しだいってこと?』
『はい。娘々が闇黒をもたらす神なのか、それを消し尽くす者なのか‥ 残された宝巻(ほうかん)からは読みとることが出来ません。ただ娘々をあずかった我らの先祖は祈りを込めて名付けたのでしょう、掃夷闇黒流形元君‥と』
『いつから娘々といる訳? 東くんの一族‥』
三波はすでに、ついていけない‥といった表情をしている。
『紀元前‥ 商の頃あたり‥そういうことになっています。仙人より預かりし神を護る為、我が一族は作られた‥ そう伝え聞いています』
『じゃ、一族にある限り、娘々の将来は安泰ってわけか‥』
『いいえ。娘々は今の、あの成長しきらぬ段階でも凄まじい力を秘めているのです。そして、その力に惹かれる魑魅魍魎‥そして悪心を持つ者達に常に狙われ続けているのです。その争いの中で育った娘々がどのような想いを抱くか‥ 私には正直わかりません』
ーー 苦労してんのねぇ‥
まだ少年のあどけなさが抜けきらない東の横顔を三波は見直した。
『でも、娘々はきっと解ってると思うよ。守られてる‥って』
『‥‥はい‥』
三波の気遣いに、東は穏やかにうなずいた。
『ところで、娘々って願い叶えたりしてくれるんかな? やっぱ神様やし‥』
『あ‥ はい。時折ですが‥。成長の最終段階、次の眠りに就く直前ともなると、あらゆる願いを叶えてくれる‥ そう聞いております』
ーー らぁっきぃぃーー!!
急にうきうきしだす三波。その耳に、低く釘を刺す有栖の声は届かない。
『よぉし! 娘々、はよ大きぃなれよーー!』
三波は丁度ふよふよ浮いていた娘々を抱き取った。
「そーいや、ずっと何かに似てる思うとったんやけど、わかったわ。居眠りしてる時のうちの猫や! そう娘々、そのニコニコ顔がそっくりや‥!」
急に高い高いをして、娘々を見上げる三波。その三波の腕の下、さっきまで娘々がいた位置を何か黒い影が掠めた。
ーー !! ーー
立ち上がる東。気の乱れを感じる方を強く見据える。
『妖魔です!!』
鋭い東の叫びと同時に信徒達の目の色が変わる。今までの明るい喧噪が殺気立ったものへと瞬転した。
居並ぶ信徒達のほぼ中央、ひときわ目立つ大男の背が不気味に盛り上がった。
ーー けあああああああああ!!
嘔吐するように叫ぶ男の背‥ みるみる膨らむ黒紫色の瘤が命を得たように、ぶる‥と震えると、次の瞬間、異臭を放って砕け散った。
『行けぁああ』
男の背から生み出されたのは、まさしく化け物‥ 長く這い出した足に小さすぎる頭、それは次第に蜘蛛のごとき形をとった。が、大きさは中型犬ほどもある。
「あ‥ あ‥ 有栖?」
「妖魔だそうだ‥」
相棒の冷静な助言に、三波は振り上げた娘々を抱えなおした。
ーー 嫌ぁああああーーーーー‥‥
叫びたいが声すら出ない。
ーー 俺はお化けも肝試しも大ッ嫌いなんやようぉう‥
と、今更言っても始まらない。
「ねね、三波さんそこにもいるわよ‥」
すでに臨戦体勢に入りつつある信徒達の隙間をぬって沙弥が駆け寄る。指差す先は、三波の真後ろ。
妖魔‥らしい。
大きさも形もカラスのようだが、頭は犬に似ている気がする。先程、三波の腕の下を掠めた張本人でもあるのだが、誰にも気付かれないので、なんとなく接近しすぎてしまったらしい。
「ね、三波さん。それって本物?」
「夢であってほしぃ‥‥」
よよよ‥と崩れ落ちる三波。その腕から転がり落ちた娘々が、ふよふよと沙弥との手に戻る。
その娘々を目にしたとたん、それまでどことなくトロくさそうだったカラスもどきが、けたたましい、まさに怪鳥のような声を上げた。
「ギャアアアアアア!!」
怪鳥の叫びと、三波、沙弥の叫びが綺麗にハモる。
それもそのはず、沙弥達の目と鼻の先で、カラスもどきは全長2m以上にまで巨大化したのだった。
ーー 犬みたいな顔だし、わん‥ってなくかも?
なんて、沙弥のアホな想像もどこかに吹っ飛ぶ。
巨大カラスもどきはその皮膜のような羽を激しく広げた。
ーー も‥ だめぇ〜〜
巨大カラスもどきが覆い被さるように、抱き合う沙弥と三波の頭上へ飛んだ。
「げ‥キュ‥」
「あれ?」
意外と可愛い呻きをあげ、吹っ飛んだのはカラスもどきの方であった。
バリアのように、沙弥と三波をの周りをうっすらとした輝きが覆っている。
「何? ちびっこがやったの?」
カラスもどきは今のショックで、もとのサイズにまで戻っている。
「きゃ‥」
背後からの体当たりされるような振動。
バリアはまだ残っているので衝撃は小さいのだが‥。
「うわああああ、沙弥ちゃん、後ろぉおお」
三波の声と同時に、沙弥はそのおどろおどろしい光景を認めた。
ーー 蜘蛛だらけ‥ それも‥
「人の顔ついてるぅううーーー!!」
沙弥は昆虫は平気なのだが、人面となれば別である。それも、でかい。
「あ、有栖! 何やってんのや」
三波が沙弥の袖を引いた。
東を中心に呪言を唱える坊主達、そして思い思いの武器(といっても椅子など)を取って妖魔を殴り飛ばす信徒達。その凄絶な光景の中、取り残されたように、茫然と有栖が立ち尽くしている。
「アホ〜〜〜!! なにやってんねーーーん!」
思わず怒鳴りつけながら、バリアの中に有栖を引きずり込む三波。
「おい! 有栖!」
揺さぶられて、はたと気付く有栖。その瞬間に、バリアに向かってダイブしてきた人面蜘蛛と目が合い、またも意識が遠のきかける。
「あ‥ 道頓堀? すまない。なんとか現実として受け止めようとしたんだが‥」
すこし落ち込んだ口振りの戸惑うような有栖。思わず嬉しそうにばしばし叩く三波。
「お前、そういうとこ、もっと表に出せ!」
一方的に”解りあえたな、友よ‥”モードに入っている三波。まだ驚きの抜けきらない有栖は、肌身離さず持っている十字架(ロザリオ)を握りしめ、今更ながらに父なる神の存在を確信していた。
「ねーー、東君側、なんだか劣勢よ‥」
実は一番冷静かもしれない沙弥が危機を告げる。
人面蜘蛛は1匹が2匹に‥といった具合にどんどん増え続けている。
「やむを得ないな‥」
懐のホルスターから銃を引き抜く有栖。
「何、お前、もう復活したん?」
「主がお護り下さる‥」
初めて、わずかに笑みを浮かべる有栖。その手に絡めたロザリオを見て、あ〜あ‥と諦めたように自分も銃を構える三波。
混戦状態の信徒達に気を付けながら、手近な蜘蛛に弾を撃ち込む。
しかし蜘蛛達は、体の一部を吹き飛ばされても元気に動き続けている。
ーー 俺達って、役立たずかも‥
立ち尽くす2人の眼前を、信徒に大皿で殴りつけられた蜘蛛が綺麗に弧を描いて吹っ飛んでいった‥。
そんな中、蜘蛛達が十数匹同時に沙弥へ向かって飛びかかって来た。
が、またも強力なバリアによって蜘蛛達は弾き飛ばされる。
しかし蜘蛛達に諦める様子などない。
キッ!と顔を上げる沙弥。
「よし! もう一発いくのよーー!!」
何を思ったか、沙弥は妖魔達に向かって娘々を大きく突き出した。
一番手前にいた、数匹がバリアによって勢いよく吹っ飛ばされる。が、それ以上の事態が沙弥達を硬直させた。
「ねえ、これって‥」
「土下座‥ だよなぁ‥」
顔を見合わせる3人。
蜘蛛達は8本の足を綺麗に折り曲げて這いつくばっているように見えた。が、決定的なのは、人面達の表情であった、先程までの恨みがましい血走った目を慎み深く恭しげに閉じている。
ははーーー!っとひれ伏す妖魔達。
まさに沙弥いわくの”土下座えもん”状態であった。
「?? 何? ちびっこ、すごいじゃない! もしかしてあんたってエライの?」
試しにチビッコを掲げ、周囲に控えおろう〜をしてみる沙弥。
沙弥の動きに合わせて、ウェーブのように、ははーーーー!の波が広がる。
「きゃーーー! すごいじゃないのよ、ちびっこ!!」
嬉しそうに娘々を振り回す沙弥。ついでに、近場の妖魔全てを跪かせる。娘々もぱたぱた楽しげな所を見ると、沙弥に遊んでもらっているつもりかもしれない。
「すごいわ水戸黄門の印籠ばりよ! ちびっこ!」
ーー 気持ちいいかも〜!
爽快感に、うっとり‥の沙弥。しかし、休んでいる間はないらしい。新たなる妖怪達が次々に押し寄せてくる。
「げ!! まだくるわよ! ちびっこ!!」
その時、東が沙弥達の前に割って入った
『みんな操られてるんです。首領を倒さないといけません‥』
沙弥達の活躍(?)を、しっかり視野に入れていたらしい東は、娘々効果によって一時的に大人しくなった妖魔達を見済まして、信徒達を背後に下がらせていた。
『娘々、お力を‥』
静かな声とは裏腹に東の顔に不敵な笑みがよぎった。
ーー ピッシャーーーーンッッ!!
凄まじい閃光が天空より天井を突き破り、部屋のほぼ中央に落ちた。
「落雷‥」
眼前を走った青白い閃光に呆然とする沙弥達。信徒を妖魔から引き離した今、やっと東
本来の大技が出たらしい。
もうもうと立ち上る煙と埃。その中からやがて黒い巨体が浮かび上がった。
『ぅおのれえええ!』
鬼声を発したのは、背中から蜘蛛を生み出した巨漢であった。
「あれ? あの人、蜘蛛に乗っ取られてるんじゃないんだ。もしかしてボス?」
「みたいやなぁ‥。それより沙弥ちゃん、俺腰抜けてもーたから、しばらく動かんといてな‥」
お化け嫌いを自称する三波は、間違ってもバリア外には出たくないらしい。
『いでよ、わが眷属、わがしもべ達よおおお‥!』
吼える大男。もう一戦、やる気満々の巨体の上に、今一度、とどめの落雷が落ちた。
ーー ぴっしゃーーん!!
『おぉぉ‥‥ おのれえぇぇ‥‥』
ーー ぴっしゃーーん!!
ーー ぴっしゃーーん!!
プスプスと変な音を立てながら、地響きと共に地に倒れる巨体。
同時に、一斉に蜘蛛達が動き出した。まさに蜘蛛の子を散らす状態。先を争いわらわらと姿をくらます。
その混乱に乗じて、カラスもどきがただ一羽、巨大化して主人である巨漢を連れ去った。
「ぁ、主人想い。さすがに頭は犬ね‥」
『お怪我は!!』
駆け寄る東。信徒も長老連も東の落雷を予期していたのか、祭壇の陰や置物の後ろから這い出してくる。
「それにしてもすごいわね! ちびっこ‥。ううん、娘々!」
「ぴ‥?」
やっと”ちびっこ=娘々”だと理解した沙弥。
初めて娘々‥と呼ばれた ちびっこは、不思議そうに桃まんから顔をあげた。
壁にもたれ、ふっと笑む有栖。
「やはり、ただの観光客ではなかった‥か」
「とんでもねー観光客やったわけね。何? お前、疑ってたんか? 娘々狙う一味とか‥」
「一応な」
無心に饅頭をかっ食らう娘々と沙弥を見て、有栖は苦笑を浮かべた。ICPOの2人は心の動揺を紛らわすべく、頭を仕事モード一色に切り替えている。
「まぁ、そのほうがなんぼか楽やってんけどなぁ‥‥」
三波は、ちら‥と長老連を見て溜め息をついた。
『どちらか選ばねばと思ってましたが‥』
娘々を真ん中に2人のみこ‥。
その姿を眺める長老連の肩が笑いを殺すように上下した。
ーー 別に2人でも良いかもーー‥。