誤変換


我が家へお客さんが泊まりに来るというので、買い物に出た母と私。
大型スーパーの洋服売り場を何気なく横切っていると、突然、母が思いついたように声を上げた。

「あ、あれあれ、あれ着せてあげよ! ソムリエ!」

 そ……そむりえっ??

一瞬、周囲にソムリエがいるのかと見まわしてしまったが、そんなことはない。
母が意味不明なことを口走るのはいつものことなので、とりあえず「はぁ?」という顔で続きを促してみる。
たいがい主語を飛ばしてくれるので、頭の中で大量のパーツを補わなくてはならないのである。
母は懸命に、

「ほら、○○(←弟)のやつ、貸してあげようよ! 寝間着、寝間着!」

と、うったえかけてくるのだが、わからん……。
どうやら、今夜泊まりに来るお客に着せる寝間着のことを言っているらしいが、全くソムリエとは繋がらない。
ソムリエっぽい語感を持つ寝間着といえば、ネグリジェか……(そうか?)。
しかし、お客は中年の男だし、職業がソムリエ…なんてこともない(もちろんフランス人でもない)。
だが、「ソムリエ=寝間着」であることは間違いはあるまい。
どうせ、母の脳内で誤変換が起こっているだけである。
ヒントを探すべく、周囲を見やると、遠くに色とりどりの浴衣が見えた。

 ま、ま、まさか……。

「作務衣(さむえ)か?」

作務衣とは、職人のおっさんが良く着てる普段着っぽい和服である(甚平(じんべい)によく似た、上着とズボンがセットになっている奴よ〜)。
確か、数年前に弟の寝間着代わりとして母が購入したものが押入で眠っていたはずである。

 こりゃもう、当たりでしょ?

斬り込むように尋ねる私を、母はきょとんと見つめ返し、やがて、いや〜ん…と体を揺すった。

「ソムリエ!? ソムリエって!? 全然っ、違うじゃなぁーーーいっ!!??」



いや、それ、こっちのセリフだってば……。



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