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▼ 名物スポットにいらっしゃ〜い♪(その8)

 暗いのは地下だから! ―― 冥界 その5


 愛の女神アフロディテの暇つぶし企画「神話世界一周旅行」に付き合わされるハメになった貴方。
 神々の伝令役ヘルメス神の案内で、今週も冥界観光に行ってみよ〜!


 ハデスの宮殿の門の傍らに置かれている「忘却の椅子」。
 座った者の記憶を消す物騒なそのイスの近くでハデスと話していると、どこからともなく現れた愛らしい乙女が「ハーちゃん、めっけ〜!」と声を上げて、ハデスの大きな背中に飛びついた。

ヘル「やぁ、ペルセポネー! 元気そうだね。お邪魔しているよ」

ペルセ「あら? ヘルメス。今回の迎えはやけに早いのね?」

ハデ「馬鹿言うな、王妃。おめぇは先月来たばかりだろ。あと二ヶ月は冥界暮らしだ!」
 わけも分からず見守っている貴方に、ヘルメスがこそっと耳打ちする。

ヘル「彼女は冥界の女王ペルセポネー、豊穣の女神デメテルの娘さ。彼女に一目惚れしたハデスが地上から誘拐してきたんだ。けど…ホント、その後、大変だったんだぜ〜。娘を返せ!って、豊穣の女神がストライキ始めてさ、地上の作物がみんな枯れてしまったんだ…。結局、ゼウスの裁定で、彼女は一年の四分の一を冥界で、残りを母親の元で暮らすことになったんだけど……(※1)」

貴方「あ〜、なんか聞いたことあります。娘さんが冥界に行ってる間、地上は作物の実らない冬になるんだ…って」

ヘル「ははは、人間には迷惑な話だよな〜」

貴方「ほんと、やってらんないですね…。このアツアツっぷり……」

 人目もはばからずハデスにまとわりつくペルセポネーに、ヘルメスも貴方も苦笑を浮かべるのみ…。

ペル「んもー、ハーちゃんたら寂しん坊さん♪ 帰るなんて、ジョークよぉ〜。それより、私のことはペルぽん…って呼ぶ約束でしょう〜?」

ハデ「馬鹿、おめぇ…… 人前で……」

ペル「―― 何? 言えないの?」

 急にペルセポネーの声色が一オクターブ低くなり、同時に、ハデスの広い背中がビクッ…と揺れた。

ハデ「ぺ……ペルぽんは、お散歩、終わったんでしゅかぁ〜?」

 元から血色の悪いハデスの顔が、一瞬で青ざめていくのが分かる。

ペル「ハーちゃんはぁ〜、ペルぽんとお散歩なのにぃ〜、お仕事あるからって先に帰っちゃいましたぁ〜。なのにぃ〜、お仕事サボッて、こんなとこで何してるんでしゅかぁ〜?」

ハデ「いや、ち…違うんだよ、ペルぽん〜」

 冥界の女王の貫禄十分…。妖しいオーラを放ち、に〜〜っこり微笑むペルセポネー。
 ハデスの額から気味の悪い脂汗が大量に流れはじめたのを見て、ヘルメスがとっさに割って入った。

ヘル「そうなんだ、ペルセポネー。実はかくかくしかじかで、ハデスの許可をもらいに来たんだよ」

ペル「んまぁ♪ 冥界観光? ねぇ、ハーちゃん、私も行って良いでしょ? ハーちゃんたら、館の敷地から出ちゃ行けないってうるさいの。けど、ヘルメスと一緒なら大丈夫よね?」

 一瞬で怒りを解き、再び、子猫のようにハデスにまとわりつくペルセポネー。

ハデ「ば…馬鹿、ダメだ! 冥界には怖〜い神々や怪物がうろうろして……」

ペル「何よ、いつもそればっかり! 浮気した罰に、何でも言うこと聞くって言ったじゃない!」

貴方「(こそっ)意外です。お堅いと噂のハデスさんでも、やはりそういうことが…? つーか、それであんなに立場弱いんでしょーか?」

ヘル「(こそこそっ)以前に、たったの二度。同じ兄弟のゼウスやポセイドンに比べりゃ、奇跡的な少なさなんだけどな…。ペルセポネーの尻に敷かれてたのは元からだが、浮気発覚以来、そりゃ気の毒なほど もてあそばれ……」

ハデ「聞こえてるんだよ、おめぇら……(俺は地獄耳なの)」

ペル「じゃあ、出発しましょ〜♪ まず、正面に見えるのが私達の館! ここでね〜、ハーちゃんや三人の裁判官が亡者達の行き先を決めるの〜。裁判官は、ミノスちゃんと、ラダマンティスちゃんと、アイアコスちゃん♪ 三人とも、もともとゼウスパパの血を引く人間だったんですって〜。生きてる時に過ちを起こさなかったから、選ばれたそうだけどぉ〜、みーんな難し〜い顔してつまらないのよ〜」

 すっかり観光ガイド気分で、貴方の相手を始めるペルセポネー。
 その隙に、ハデスが苦々しげに声をひそめる。

ハデ「おい、ヘルメス……。あんな能天気娘連れてってみろ、十中八九、エリーニュス達(※復讐の女神)の機嫌そこねて、呪われんぞ……(ぼそっ)」

 とたん、ヘルメスの表情がさっと曇り、次の瞬間、目一杯の笑顔で猫なで声を上げた。

ヘル「おーい、ペルぽーん♪」

ペル「なぁに、ヘルメス〜?」

 振り返ったペルセポネーをひょいと持ち上げ、得意の神速で「忘却の椅子」に座らせるヘルメス。
 これで観光ガイドの話は忘れてくれるに違いない……。

ヘル「じゃぁ、今の内に行かせてもらうよ……」

 ペルセポネーが我に返る前にと、貴方の背を押し、そそくさと立ち去ろうとするヘルメス。
 すると、ハデスがどこからともなく取り出した帽子をヘルメスに放り投げた。

ハデ「くれぐれも余計ないさかいを起こすなよ…。姿隠しの帽子(※2)だ、持ってけ…」

 むっつり冷血漢のハデスが、珍しく渋い笑みを片頬に浮かべている……。
 てなわけで、男の友情を感じつつ、次回に続くのだった――。


※1 デメテル、ペルセポネの回参照〜!

※2 キュクロプスが作ったもので、かぶると姿が消える。
   帽子とも兜とも言われている(が、今回はなんとなく帽子にしてみたり…)。
  ペルセウスのメドゥーサ退治の際に、貸し出したとか…。


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